中国の長くて短い話(5)〜学生食堂〜
逆上がりの練習が夕食時間にかかる。
そういう場合は、『一緒に食べよう』ということになるのだけど
食堂へいく前にいろいろと準備が必要だった。
当時、大学構内にある食堂は、
職員用、来客用、一般学生用、留学生用と食堂によって利用者が別れていた。
正しく言うと、利用できる人が食券を譲ってくれれば
誰でも入ることはでるんだけど、食券の購入には細かな制限があった。
一般学生用の食券は外国人留学生は買うことができなかったし
来客用の食堂には、学校の特別な行事がなければ
入ることができなかった。
一般学生用の食堂は安くて量も多かったので
私も金雷に頼んで買ってもらった。
金雷はいつも陳陽という2つ年上の広東人の同級生と一緒だった。
私はルームメイトのチンメイ(晴美ちゃんという日本人)と一緒に、
マイ箸とマイ食器になるふたのついたカップを持って合流した。
金雷たちの利用する学生食堂で支給されるのは食べ物だけで
食器類は持参するのが当たり前だったのだ。
食堂の中には主食、主菜、副菜コーナーがあって、大体2−3種類のおかずが出ていた。
まず、ご飯をふたのついたカップにたっぷり入れてもらう。
そのまま横に移動し、小さな窓口の中にいる配給係りの人に向かって
『1糧』とか『半斤』とかグラム数を伝え、ご飯の上に乗せてもらう。
何もいわなくても口の中に掻きこむにちょうどよい、汁がしたたるくらいの量になった。
ネコマンマ方式。
食料を入手した後は、座れる場所を探した。
食堂が開放されている時間が短いので
学生たちがいっせいに食堂に集まり、それはすごい込み具合になっていた。
食べたあとの後始末もだれもしないし、食べ残しはテーブルの上や下に
散らかしてあったので、食堂はゆっくり食べるという場ではなかった。
食堂に入るのが遅くなったりすると
白米やおかずは冷め、ニクは油肉ばかり、魚は骨だけになっていた。
食堂が閉まるころになると、机の上の残飯を弁当箱のふたでかき集め
食堂の中では食べずに、入り口の階段で座って食べている背の高いやせた老人がいた。
清華大学の周囲は高い塀で囲まれていたけど
そこかしこに老朽化による穴があいていて
そこから外部の人が簡単に入ることもできた。
薄汚れた紺色の人民服を着て、よれた人民帽をかぶって
ごつくて大きな労働者の手をした老人。
老人に見えたけど、あの人は青年だったのかもしれない。